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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)1348号 判決

主文

被告人安喰諒を懲役二年に処する。

被告人小泉政春を懲役一年に処する。

被告人安喰諒に対し、未決勾留日数中二八〇日を右刑に算入する。

被告人小泉政春に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人山口勝彦に支給した分は被告人安喰諒の、証人清原壮一及び同安井敏に支給した分は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(被告人らの経歴等)

1  被告人安喰の経歴

被告人安喰は、島根県で出生し、その後昭和二六年叔父を頼つて上京し、高校夜間部を経て、昭和三七年日本大学芸術学部演劇科を卒業し、芸能プロダクションの経営、商品仲買人店員、総会屋経営の業界紙の社員などをしていたが、昭和四三年ころから独立して業界紙を発行し賛助金を集めるなどする一方、株式相場に手を出すようになつて、昭和四九年ころまでの間に、築地魚市場、中村屋、金商又一、帝国石油などの銘柄につき、その仕手戦にも関与した。この間、昭和四七年には賛助金の受領等に絡む恐喝事件(うち一度については未遂)で二度にわたり有罪判決を受け、更に昭和五二年には、ボロ株を優良株に見せかけて売買した、いわゆる曽田経済事件で詐欺罪により実刑判決を受けた。この事件で服役して昭和五四年一月に仮出所後、かねてより関係していた株式会社の商号を東京証券金融と改め、本店を東京都港区赤坂九丁目一番七―二三一号に移したうえ、その代表取締役として、千葉県銚子市本通り一丁目二〇八番に銚子支店を設置し、金融業の届出をしただけで、顧客との間で手持の株式を信用取引名下に売買するなどして、後記のように証券業を営み、そのかたわら、これに必要な株式を調達するなどのため、証券会社を通して多銘柄・大量の株式売買取引を行なつていた。同被告人は、右のほか証券投資コンサルタント等を営業目的とする株式会社マンスリーエコノミストを経営していた。

2  被告人小泉の経歴

被告人小泉は、本籍地の東京日本橋兜町で出生し、旧制高等小学校卒業後地場証券会社に入り、店員として勤務するかたわら東京証券取引所内にある兜町商業学校を卒業した。その後兵役に服したり、コック・織物会社勤務・大衆飲食店経営などで若干の中断はあつたものの、ほぼ一貫していくつかの地場証券会社に勤務し、昭和四八年九月からは黒川木徳証券株式会社(当時の商号は「木徳証券」、以下「黒川木徳証券」という。)の証券外務員をしていたが、本件の責任を問われ、昭和五五年九月一〇日付で解雇された。

3  被告人らの関係

被告人小泉は、昭和四二、三年ころ、友人の紹介により顧客としてきた被告人安喰と知り合い、その後被告人安喰より株式売買取引の注文を受けるようになつて、前示の金商又一株などについても買い注文を受けていた。ところで、被告人安喰は、昭和四九年初頭の帝国石油株の暴落により多額の損害を蒙り、そのためもあつて、同年二月半ばすぎには、当時、木徳証券外務員であつた被告人小泉を窓口として買付けた株式の決済ができず、黒川木徳証券に約三四二〇万円の損害を与えた。そのため被告人小泉は、被告人安喰と連帯してその損害を弁償することになつたが、被告人安喰が二一五万円支払つただけで昭和五二年三月から前記詐欺罪により服役したため、被告人小泉自ら残額を分割して支払うようになつた。ところが、被告人安喰は、前示仮出所後再び被告人小泉に対し株式売買取引の注文を出すようになつた。

(犯行に至る経緯)

1  日本鍛工株式会社の概要等

日本鍛工株式会社(以下「日鍛工」という。)は、鍛造品の製造販売等を目的として、昭和二三年一一月五日に設立されたもので、本社は兵庫県尼崎市にあり、昭和五五年二月一日二割五分の増資により資本金は五億一二五〇万円、発行済株式総数は一〇二五万株(額面五〇円)となり、昭和五五年五月三一日現在において、いわゆる安定株主が右の約67.5パーセントを保有しており、残余の32.5パーセントすなわち約三三〇万株が浮動株という状況にあつて、なお、そのうちには、後記にもあるように戸栗亨の一二五万株や被告人安喰名義の六〇万二五〇〇株が含まれていた。

ところで、日鍛工株は、昭和三六年以降大阪証券取引所が開設する有価証券市場第二部に上場されていて、その株価は、買い集め等の特殊な要因が加わらない平常時において、概ね、二〇〇円前後で推移していたが昭和五三年夏ころから愛知県下所在の丸茂工業株式会社(以下「丸茂工業」という。)の買い集めが始まり、昭和五四年一〇月中旬には六五〇円の高値をつけるに至つた。しかし、その後下降して、同年一一月には二〇〇円台となり、翌五五年二月半ばころまで、その状態が続き、また売買高も月間で十数万株以内と低迷していた。

2  丸茂工業と戸栗との間の日鍛工株一〇〇万株の場外取引

丸茂工業は、前示のようにして買い集めた日鍛工株のうち八〇万株を日鍛工の親会社である大同特殊鋼株式会社に売却したが、その余の一〇〇万株について売却先を物色していたところ、その話が昭和五四年一〇月初旬ころ投資コンサルタント業の大鶴満洲男を通じて被告人小泉に持ち込まれた。更に同被告人から相談を受けた被告人安喰は、かねて面識があり三和実業株式会社等の経営者で資産家の戸栗亨(以下「戸栗」という。)にこの話をつなぎ、その結果同月一五日戸栗は丸茂工業より市場外取引として右日鍛工株一〇〇万株を四億七五〇〇万円で買取るに至つた。なお、この取引は一株当たり当時の市場価格六五〇円前後をはるかに下廻る四七五円でなされたものであるが、その際丸茂工業において、今後も日鍛工株を買い上げていくので、戸栗としては順次売り抜けて利益をあげることができるし、万一売れ残つて株価が下落しても譲渡価格で買戻すことなどが取引条件とされていた。ところが、それにもかかわらず、一〇〇万株の売買取引成立の翌日である同月一六日から株価は急落し、丸茂工業の買い支えもないまま同年一一月末には二二〇円台にまでも落ち込み、買戻しの約定も履行されなかつたため、結果的に戸栗は丸茂工業の抱えていた日鍛工株の肩替わりをさせられたことになり、仲介者の被告人安喰としては、戸栗に対して信用を失ない、苦しい立場に立たされることとなつた。

3  被告人安喰による日鍛工株の買い集め

被告人安喰は、右のような戸栗の被害に対して責任を感じ、株価を回復させるべく、昭和五五年一月中旬ころ(以下、特段の表示がない限り、月日は昭和五五年のものを指す。)から日鍛工株の買付けを始めるとともに、日鍛工の経営・資産状態を調査するうち、同社が含み資産などもあつて投資対象としても好適であるうえ、自動車メーカーが好況であるにもかかわらず、その下請的立場にある日鍛工の配当は少なく、親会社が不当に儲けすぎているのではないかとの疑問を抱き、浮動株の状態からみて帳簿閲覧権行使に必要な発行済株式総数の一〇分の一に当たる約一〇〇万株を目標に日鍛工株を買い進むこととし、なお、これによつて株価が上昇・高騰することは買付資金調達に用いる証券金融上の担保価値の増大につながつて得策であるとして、前記東京証券金融株式会社銚子支店における顧客預り金なども、これに充てることとした。そして、一月中旬ころから、まず日栄証券赤坂支店次いで高木証券東京支店に委託し、二月下旬からは被告人小泉に依頼して、その外務員仲間の所属する証券会社を通じ各外務員の顧客名義などで買付けさせることになり、更に、このように買付けて引渡しを受けた株券は兜町の証券金融業者である株式会社日枝等に担保に入れて融資を受け、これを資金に更に買い進んで行き、五月末までに約六〇万株を買付け、順次株主名義書換手続をとつて五月三一日現在において計六〇万二五〇〇株が被告人安喰名義に書換えられ、被告人安喰は第四位の大株主となつた。

4  日鍛工株二五万株の現先取引と岡三証券への委託開始

被告人安喰は、前示のように証券金融業者を使つて日鍛工株の買い資金を調達していたので、その金利を支払う必要があつた。また、大きく商いをしていた日鍛工株以外の銘柄について結果ははかばかしくなかつた。更に五月末は、銚子支店の顧客との間の日鍛工株約二四万株の現先取引について買戻しの時期に当たつていた。このような事情から資金需要が逼迫していた被告人安喰は、知人より岡三証券株式会社(以下「岡三証券」という。)の後記波賀康記(以下「波賀」という。)を紹介されたが、そのころは、これまで取引を続けてきた高木証券東京支店が信用枠を拡げて大きく取引することを受け入れてくれず、同証券に代わる中堅クラスの証券会社を探していた折でもあつた。そこで、波賀を紹介されたことから、岡三証券との間で、岡三証券において新たに日鍛工株の現先取引を仲介することと引き換えに、被告人安喰において、同取引により調達した資金のすべてを岡三証券での信用取引に充て、以後岡三証券で大きな商いをするという話合いが成立した。これに基づき五月二七日、日鍛工株二五万株について被告人安喰と塩水港製糖株式会社との間で現先取引が成立した。これ以降被告人安喰は、日鍛工株につき被告人小泉に依頼して取引するもの以外は、高木証券に代えて岡三証券で取引するようになつた。

5  被告人安喰の犯行の動機及び市況の把握

被告人安喰は、前示のように、五月末に日鍛工株六〇万株余りを買い集めた段階で、ほぼまとまつた浮動株はさらつたと判断したが、戸栗より再三にわたり日鍛工株一二五万株(二五万株は増資によるもの)の引取方を迫られていたこともあつて、こうした段階に至つて更に日鍛工株を買い上げていけば、戸栗の被害を回復させることが可能となるとともに、他方、前示にもあるように、証券金融の担保としての価値の増大につながつて買い上がり資金の調達が容易となる。とくに株価上昇過程で売付に当たり、証券金融業者による、いわゆる即金立替方式(売り顧客が証券会社から受取るべき金額より売買取引成立時から受渡し日までの金利を差し引いた金額を売買取引成約当日に入手することができる方式)を用いれば、被告人らの負担すべき証券会社の売買手数料、有価証券取引税及び証券金融業者への金利を差し引いていても、なお売買差益が生まれて一層資金繰りに役立つことになる。なお、こうした売り買いが分散して計画的に場の状況に即して行なわれれば、市場における日鍛工株の取引が活発に行なわれているような外観を呈しつつ株価が上昇・高騰傾向を示すことになつて、一般投資家などの関心を引いて、その売買取引を誘発することにつながり、場合によつては、高値で売り抜けて利益を得ることも期待できないものではなく、あるいは、発行会社である日鍛工に対する無言の圧力ともなつて、好条件で保有日鍛工株を日鍛工やその関係先に肩替わりさせる機会が現出することもあり得るなどと考え、波賀ひいては岡三証券の協力が予想されたこともあつて、仮装売買及びなれ合い売買の反覆等による日鍛工株の相場操縦の実行に移ることにした。そして、これに備え大阪証券取引所における刻々の注文ないし成約状況等株式市況を把握するため、高木証券東京支店の担当営業員等に依頼して大阪証券取引所で立会中の同証券会社所属の場立ちにいわゆる板(注文控)を読ませて回報させるなどしたほか、短波放送による市況報道だけでは足りず、東京証券金融の赤坂にある前示本店事務所に五月下旬から、市況情報センター運営にかかるリアルタイム式市況情報速報装置(通称クイック。以下「クイック」という。)を設置するなどした。

6  被告人小泉の犯行の動機と被告人らの共謀

被告人小泉は、前示のように、黒川木徳証券に対し約三四二〇万円の債務を負担し、これを一〇年間にわたり毎月の手数料収入の半分あてをもつて弁済することを余儀なくされ、その担保として自宅の土地建物に抵当権が設定されるに至つたところ、右債務は最終的には被告人安喰の負担すべきものであつたことから、その返済確保のためにも、同被告人の資力の充実・向上に協力する必要があり、また、かねて義兄から運用を任されていた一〇〇〇万円につき、二月ころから執拗に返還を迫られていて、その返還資金調達を被告人安喰に依頼する必要もあり、そもそも、前示戸栗の件につき最初に話を持ち込んだいきさつもあつて、被告人安喰の画策に協力すべきものと考え、被告人安喰の前示のような意図を十分に察知しながら、この意図を実現させることが自らの利益にもつながるとして、取引の前日又は当日に相対あるいは電話で打合わせるなどして、被告人安喰と意思を相通じて仮装売買ひいては相場操縦を分担、実行することになつた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人安喰諒は、証券投資等を営業目的とする前示東京証券金融株式会社の代表取締役、同小泉雅史こと小泉政春は、黒川木徳証券株式会社の歩合証券外務員であつたものであるが、

一  被告人安喰、同小泉の両名は、波賀康記ほか数名と共謀のうえ、大阪市東区北浜二丁目一番地所在大阪証券取引所の開設する有価証券市場に上場されている日本鍛工株式会社の株式につき、仮装の売買を反覆しつつ株価を高騰させ、他人をして右株式の売買取引が繁盛に行なわれていると誤解させる等その売買取引の状況に関し誤解を生ぜしめ、かつ、有価証券市場における右株式の売買取引を誘引する目的をもつて、昭和五五年六月二日から同年八月一九日までの間、前記有価証券市場において、別表一記載のとおり(但し番号50―2及び51―2の売付名義人渡部進による売付及びこれに対応する買付分を除く。)、五六の取引日にわたり右株式総数計三八八万株につき、東京都中央区日本橋兜町周辺の岡三証券株式会社ほか一七社の証券会社を介し、自己らのなす売付と同時に別途自己らにおいて当該株式の買付をなし、その株価を右始期における五〇〇円前後から徐々に高値の形成をはかつてその終期には一七〇〇円前後にまで高騰させ、もつて右株式につき権利の移転を目的としない仮装の売買取引をなすとともに、以上のほか別表一番号50―2、51―2のとおり、前記除外した合計四万四〇〇〇株を現実に買付けることを含め、株式の相場を変動させるべき一連の売買取引をなし

二  被告人安喰は、岡三証券株式会社国際本部国際営業部(以下「岡三国際部」という。)営業課長波賀康記と共謀のうえ、前同様の目的をもつて、同年六月一八日から同年七月二日までの間、前記有価証券市場において、別表二記載のとおり五の取引日にわたり前記日本鍛工株式会社の株式総計一二万三〇〇〇株につき、自己らのなす買付(番号5については売付)と同時期にそれと同価格において他方で売付(番号5については買付)をなすことを、右会社同部課付課長山口勝彦と予め通謀して右岡三証券株式会社等を介し買付(番号5については売付)をなして前記のような株価の高値形成をはかり、もつて右株式につきなれ合い売買をするとともに、他人と共同して株式の相場を変動させるべき一連の売買取引をなし

第二  被告人安喰は、東京都港区赤坂九丁目一番七―二三一号に本店を置き証券投資等を営業目的とする東京証券金融株式会社の代表取締役であるが、同会社銚子支店従業員千葉恒夫及び同畠山晋らと共謀のうえ、同会社の業務に関し、大蔵大臣の免許を受けないで別表三記載のとおり、昭和五四年一一月七日ころから同五五年八月二七日ころまでの間、合計六二八回にわたり、千葉県銚子市本通り一丁目二〇八番所在島彦ビル三階の右銚子支店において、山口勝弘ほか三三名から、現物取引・信用取引による株式の買付又は売付の申込みを受けて株式の売買をなし、もつて大蔵大臣の免許を受けないで証券業を営んだ

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(主な争点に対する判断及び補足説明)

一証券取引法一二五条一項及び二項各所定の目的の有無について

被告人安喰は、判示第一の各犯行につき証券取引法一二五条一項及び二項各所定の目的を有していたこと自体については一貫して認めているが、同被告人及びその弁護人は、右各目的を有するに至つた時期並びに一部の具体的取引における目的の存在について異論を唱えているので、以下順次判断する。

(一)  犯行の始期について

まず、被告人安喰の弁護人は、本件第一の一の犯行の始期は検察官主張のように昭和五五年六月二日(以下、特段の表示がない限り、月日は昭和五五年のものを指す。)ではなく、日鍛工株が新高値をつけた六月一八日であると主張し、その根拠として大要以下のとおり述べている。すなわち、(1)被告人安喰が仮装売買をした目的は、沿革的には金融を得るためであつて、当初から他人をして日鍛工株の売買取引が繁盛に行なわれていると誤解される等その売買取引の状況に関し誤解を生ぜしめ、かつ有価証券市場における右株式の売買取引を誘引する目的(以下、合わせて「構成要件要素目的」という。)を有していたものではない、(2)右のような金融の目的から構成要件要素目的への移行は、ある日を境として突然になされたものではなく主従の関係で併存していたのであつて、売買出来高、株価等の関係と絡み合つて順次移行し、やがて構成要件要素目的が逆に主位の座を占めるに至つたもので、その時期は、具体的には、一日の出来高がそれまでの万単位から一〇万株以上に飛躍し、また、新高値をつけた日、すなわち六月一八日ころというべきであつて、その時期こそ被告人安喰が構成要件要素目的を主位的に認識し、仮装売買を手段として相場操縦を始めた、犯行の始期といえる、というのである。そして、被告人安喰も当公判廷でこれに添う供述をしている。

しかし、証券取引法一二五条一、二項の各罪が成立するためには、右各条所定の目的すなわち構成要件要素目的が認定できることで十分であり、これが認められる以上、他に併存する目的の有無、併存する目的との間の主従関係などは構成要件要素目的認定の事情になる場合があるとしても、犯罪の成否自体には直接関係がないと解するのが相当である。のみならず、本件においては、被告人らが金融を得てまで株式取引を継続しようとしたことの目的こそ問題とされなければならない。すなわち、関係証拠によれば、判示にもあるように、本件における被告人安喰の日鍛工株の売付の大半は、証券金融業者を通じてなされ、売付と併せていわゆる即金立替がなされていることが認められる。また、これらの売付は、資金繰りに役立つことはもちろんのことであるが、他方各証券金融業者出入りの証券外務員を通じ、その所属証券会社に対する売り注文という形式をとることから、売り手口が分散されることになる。そこで、これに対当する買い注文を分散させると、売付ひいては仮装売買自体、市場における取引が頻繁かつ広般に行なわれているような外観を呈することになる。こうした手法を通して株価を上昇させていくことは、資金繰りを楽にするだけではなく、一般投資家等に対し日鍛工株が投資対象として有望であるなどと誤解を生じさせ、市場における同株式の売買取引に参加することを誘引することにもつながることは明らかである。こうした事情に照らして考えると、被告人らの金融を得る目的と構成要件要素目的とは、いずれが主でいずれが従という関係にあるというよりも、むしろ密接不可分に結びついていたと認めざるを得ない。

そこで、以上のような事情をふまえたうえ、判示第一の犯行の始期すなわち被告人に構成要件要素目的の認められる時期について検討する。

確かに関係証拠によれば、日鍛工株の売買出来高、株価については、六月一八日の前後で差異の認められることは、弁護人指摘のとおりである。また、株価は、従前の高値までは比較的復元しやすい傾向があつて、新高値をつけるのは容易でない反面、新高値をつければ新たな上昇・飛躍が期得できるとする上石寿男の証言もある。こうした事情は株価が新高値をつけた六月一八日を犯行の始期とする弁護人の右主張を裏付けるかのようである。

しかし、関係証拠とくに検察事務官作成の「安喰グループの日鍛工株取引状況」についての捜査報告書(検察官請求証拠番号甲9)によれば、被告人安喰による日鍛工株の仮装売買は、被告人小泉が関与するようになつてからでも、三月下旬から行なわれていたことが認められるところ、こうした仮装売買自体、特段の事情のない限り、構成要件要素目的とくに証券取引法一二五条一項所定の目的を推認させる重要な事情になるというべきである。そのうえ、更に事実関係を検討すると、被告人らによる証券金融業者を通しての売り注文は、五月末ごろまではかなりの間隔をおいて回数も月に数回であつたものが、六月に入つてからは、ほぼ連続して多数回となつており、六月三日には波賀の進言によるものとはいえ、証券金融業者を通さずに一万株を売り出していることが認められる。また、判示にもあるように、被告人安喰は五月二七日に二五万株の現先取引をしているが、その目的がそれ以前に東京証券金融銚子支店の顧客との間でなされていた現先取引の決済のためであつたことは否定し難いにしても、二五万株というまとまつた現先取引が間接的にしろ従来の取引を整理するとともに、資金に余裕を持たせるものであつたことはいうまでもない。更には被告人安喰も自認しているように、五月二七日の右現在取引を契機として岡三証券と取引が始まり、扱い先が岡三国際部となつたことから、外人買いを装うことが可能となつたうえ、相場操縦について、岡三国際部の担当者である波賀、同部課付課長山口勝彦(以下「山口」という。)の協力が確実視されるに至つた。そして、これらの事情が同被告人をして最終的に相場操縦に踏み切らせる大きな要因になつたことは見易いところである。この他、判示にもあるように五月下旬から被告人安喰の事務所にクイックが設置され、市況情報の把握手段がより容易になつたことも無視できないものといえる。加えて、関係証拠によれば、五月末における日鍛工株の浮動株の状態は判示のとおりであつて、被告人安喰による買い集めも一段落していたと認められる。

以上の諸事情に照らせば、たとえ弁護人指摘の点を考慮に入れても、被告人安喰において遅くとも六月二日に構成要件要素目的を有するに至つたことは十分に推認することができる。被告人安喰も、捜査段階において検察官に対し、概ね五月末ごろまでには浮動株の買い集めも一段落したとして、六月に入つて最初の取引日である六月二日より岡三証券の波賀らの協力のもとに相場操縦を始めた旨供述しているのであつて、前記挙示の諸事情はその供述の信用性を裏付けるものである。被告人安喰の公判廷における弁解は信用できず、弁護人の主張は採用できない。

(二)  玉分け等の主張について

被告人安喰の弁護人は、別表二番号5の取引はいわゆる玉分け又は金融クロスであつて、なれ合い売買ではないと主張し、なお玉分けとは、入手し難い品薄株を相当数まとめて分譲することで、仕手株によくみられる取引の手法であつて、両者で買い上がりして株価を上げ利益を得させることを目的とするものである旨、また、金融クロスとは金融目的のために行なわれる株の取引である旨説明している。

ところで、株式取引における玉分けや金融クロスという用語が一般的かどうか、また、その意味するところが弁護人のいうようなものであるかは疑問の残るところであるが、その主張するところは、要するに、相手に利益を得させる目的や金融の目的をもつてなされたものであるから、その反面として構成要件要素目的は存在しないというにあると解される。

しかし、関係証拠によれば、被告人安喰は、七月一日に波賀から岡三証券の意向として以後日鍛工株の買付を断わりたいとの申出を受け、それを受諾する代償として一〇万株の売りに対当した買い注文を出すことを依頼したのであつて、その目的において、被告人安喰の資金繰りを楽にする一面のあつたことは否定できないとしても、同時に岡三国際部から一〇万株の買い注文を出すことにより、一般投資家をして、外人が大量に買い出動に出たものだと誤解させ、一般投資家の買いを誘う意図をも含んでなされたものであることが認められる。したがつて、もとより弁護人が主張するところの玉分けに該当するものとは認められない。更に構成要件要素目的の他に金融目的等が併存しても犯罪の成否に影響はないことは前示のとおりである。いずれにしても、弁護人の主張は理由がない。

(三)  相場操縦の終局段階における構成要件要素目的の有無について

被告人安喰は、当公判廷において相場操縦の終局段階においては、仮装売買をした目的は資金繰りのみであつた旨供述し、構成要件要素目的の存在について争うもののようである。しかし、同被告人は、検察官に対する供述調書のなかで、株価の高騰によつて一般投資家の取引参加いわゆる提燈のつくことが困難になることを気にしながらも、なお提燈がつくことを期待し意図しつつ相場操縦を継続していたことを認めている。また、関係証拠によれば、実際にも一般投資家によつて売付はもちろん、ある程度の買付もなされていることが認められる。結局において、被告人安喰には、相場操縦の終局段階においても構成要件要素目的があつたことは否定することができない。

二差金決済の主張について

被告人安喰の弁護人は、昭和五五年一二月二三日付起訴状記載の公訴事実一の別表一番号50及び51のうち、渡部進の名義で丸金証券株式会社に委託した二万株及び二万四千株の売付について、「これらは、いずれも被告人安喰が丸金証券に買付委託をしたものの、買付代金の支払ができなかつたため、同社が留置権に基づき占有保管中、買付代金を決済する必要から被告人安喰と協議のうえ売りに出し、その後資金のできた被告人安喰が買付けたものである。したがつて、右の売付については、被告人安喰に所有権があるというものの、代金未決済のため引渡を得られず、株式は丸金証券に占有保管されていたもので、被告人安喰には事実上の支配も処分権もなかつた。かえつて、留置権に基づき株式を占有保管していた丸金証券が事実上これを支配しかつ処分する権能を有していた。また、被告人安喰と協議する建前をとつたにしても、所詮は丸金証券の留置権行使による主動的な意思により同社が実質的主体となつて差金決済の目的で売却したものである。こうした売付に証券取引法一二五条一、二項所定の目的が入り込む余地はなく、一方において被告人安喰がいかなる目的でこれを買付けたとしても、売付と買付の実質的主体は異なるから仮装売買とはいえない。証券取引法一二五条一項一号にいう権利の移転を目的としない仮装取引とは売付も買付も全く一人の意思で決定し得る場合を指すと解すべきである。」旨主張する。

そこで、まず事実関係を検討する。

関係証拠によれば、前記別表一番号50及び51(その要旨は本判決別表一番号50及び51の各1、2のとおり)の渡部進名義の二万株及び二万四千株(以下、合わせて「本件日鍛工株」という。)は、被告人安喰が同小泉を介して八月五日丸金証券を通して買付けた一〇万株の一部である。被告人安喰は、この一〇万株について所定の受渡日に決済しなかつたところ、八月一一日から丸金証券が更に大華証券に委託して反対売買により売りに出し、うち、一一日に二万株、一二日には二万四千株がいずれも被告人らの買い注文と出合つて成約したというもので、これらが本件日鍛工株に当たることが認められる。これによれば、反対売買された本件日鍛工株について、買付は被告人安喰によつてなされたとしても、これを売付けた当事者については、被告人安喰と丸金証券のいずれであるか、これによつて仮装売買の成否が決するものといわざるを得ない。

ところで、証券取引法一二五条一項一号は「権利の移転を目的としない仮装の売買取引」を禁止行為の対象としているところ、ここにいう「権利の移転」とは、主体の面からみれば、実質的な権利帰属主体の変更をいい、なお、実質的な権利とは当該有価証券に対する実質的な支配・処分の権能をいうが、その実質を判断するに当たつては、仮装売買に関する右の規定が価格形成に不当な影響を及ぼす売買取引を抑制する趣旨に出たものであることにかんがみ、当該有価証券の売付又は買付を決定し得る権能を中心として考えるのが相当であると解される。そうすると、本件日鍛工株を反対売買により売付ける時点において、丸金証券と被告人安喰のいずれが、右株式に対し実質的な支配・処分の権能を有していたかが問題となる。

よつて、更に進んで、この反対売買の経緯について関係者の供述を吟味してみる。まず、丸金証券でその事務を担当した証券外務員の江崎博正は、検察官に対する供述調書のなかで、一〇万株について所定の受渡日に決済ができなかつたところ、上司から反対売買して差金決済するように指示され、被告人小泉に電話でその旨を伝えたところ、同被告人から「それはかえつて有難い。そうしてくれれば私達の資金も助かる」旨言われたので、八月一一日午後二時四五分、一〇万株を被告人小泉から一六八〇円の指値で売り注文を受けた形をとり売り出したが、一一日には二万株しか売れず、翌一二日にも二万四千株しか売れなかつたと供述している。次に、被告人小泉は、検察官に対し、八月一一日の二万株は私のほうで売り注文を出したようになつているが、それは、私の受渡決済延期の申出に対して、江崎が「売りに出して金をつくるのなら、うちで売つてあげてもいい」旨言つてくれたので、被告人安喰に聞いてみると、二時四五分ちよつと前に「一六八〇円の指値で二万株丸金証券に頼んで売りに出してくれ」と言つてきたので江崎に頼んだと供述している(昭和五五年一二月二一日付供述調書)。また、被告人安喰は、検察官に対し、丸金証券から「一〇万株については反対売買して差金決済させてくれ」と言つてきたので了承し、一一日の後場で江崎に連絡して一六九〇円で二万株を売り出させ、私のほうで大七証券の中田に頼んで買い注文を出してドッキングさせた。更に八月一二日に小泉に指示して二万四千株を丸金証券のほうから成行きで売りに出させ、他方、ベーチェ証券に頼んで買注文を出してドッキングさせたと供述している(昭和五五年一二月二一日付供述調書)。こうした供述をみると、被告人安喰は、本件日鍛工株につき所定の受渡日を過ぎても決済資金を調達することができなかつたため、丸金証券では待ち切れず反対売買による差金決済を提案したところ、被告人らの側でも、それなら即日対当して買付けても、その決済資金調達は買付株の受渡日までにすればよいことから、むしろ有利であると考えて反対売買を了解したものであることが認められる。もつとも、右の供述によると、この反対売買による売付は、一見被告人安喰が丸金証券に指示して売付させたかのようにみられないではないが、反対売買に至る経緯は右の認定のとおりであり、加えて江崎が「売り注文を受けた形をとつた」旨供述していることなどにかんがみると、右の売付は、買付委託者である被告人安喰が所定の受渡日を過ぎても代金等を決済できなかつたことに伴い、丸金証券において差金決済を意図してなされたものといわざるを得ない。そこで、こうした場合の法律関係を検討すると、本件日鍛工株は、大阪証券取引所の開設する有価証券市場に上場されていて、同市場における取引によつて買付けられたものであるから、その受渡し問題の処理については、これを規定する大阪証券取引所の受託契約準則(検察官請求証拠番号甲89。以下「準則」という。)の適用が問題となる。これについて関係証拠を検討すると、丸金証券は、大阪証券取引所の非会員ではあるが、被告人安喰からの買い注文を会員業者に再委託して本件日鍛工株を買付けたものであるところ、準則二条には「顧客及び会員は、本則を熟読し、これを遵守すべきことに同意して総ての取引を処理すべきものとする。」と規定しているのであつて、準則が証券取引法一三〇条に基づいて定められた普通契約約款であることなどにかんがみると、本件日鍛工株の差金決済を含む受渡し問題については、当事者間に特別の約定のないかぎり、この準則が会員のみならず、買付の委託者や再委託者をも拘束し、これに準拠して処理されるべきものと解するのが相当である。そして、被告人ら及び江崎など本件の関係者において、準則の適用を排除して特別の約定を締結したとの確証はない。もつとも、丸金証券の江崎は本件日鍛工株の反対売買(売付)に当たり、被告人らに了解を求めているけれども、こうした了解の取付けは、差金決済を円滑に実施するための手段に過ぎないと解する余地もあるので、いまだ右の結論を左右するほどのものとは思われない。むしろ、前出の各供述にみる限り、関係者の意思は準則に準拠していることを当然の前提として差金決済の処理に当たつているとすらいえるのである。そして、準則一〇条の二第一項は、「顧客が、売付証券または買付代金を所定の時限(中略)までに、会員に交付しないとき(中略)、会員は、任意に、当該売買取引(中略)を決済するために、当該顧客の計算において、売付または買付契約を締結することができる。」と規定している。これを本件に照らしてみると、丸金証券は、右の規定により本件日鍛工株を委託者の同意を得ることなく任意に取引の決済のため、委託者の計算において売付の契約を締結することができるのであつて、すなわち、本件日鍛工株の任意売却権を有していたものといえる。これに対して、買付を委託していた被告人安喰は、丸金証券に対し買付代金等所定の金額を支払わない限り、実際上本件日鍛工株について丸金証券との関係では何らの権能も行使することができない。なお、被告人安喰において、即日決済する資金がありながら、相場を繁盛に見せかけるため、ことさら丸金証券の任意売却権を利用して、あえて反対売買させたとみる確証はない。もつとも、丸金証券といえども、本件日鍛工株を有価証券市場で売付ける権能を有するだけであり、それも委託者の計算においてするものであるから、完全な支配・処分の権能を有していたものではない。しかし、以上の諸点にかんがみれば、少なくとも、丸金証券と被告人安喰との関係においては、本件日鍛工株に対する実質的な支配・処分の権能は丸金証券にあつたと解するのほかはない。そうすると、丸金証券の売付に対当して、被告人安喰が買付けたとしても、そこに実質的な権利の移転がなかつたとはいえないから、別に、証券取引法一二五条一項二号、三号のなれ合い売買の罪が成立する余地が残るとしても、同項一号の仮装売買の罪が成立する余地はないといわざるを得ない。

これに対して、検察官は、「受託証券会社の顧客に対する関係は商法上の問屋営業にあたり、問屋と委託者との関係については代理に関する商法五五二条二項が準用されており、問屋として自己の名義で、他人の計算において第三者と法律行為を行なつた場合に、問屋の取得した権利は特別の移転行為なしに直接に委託者に帰属すると解されているのであるから、丸金証券が被告人安喰の委託を受け、その計算において当該株式の買付執行をしたものである以上、同社が買付代金の支払を受けるまでは、右株式について留置権を行使し得ることは格別、その所有権は、引渡しの有無にかかわらず、委託者である被告人安喰に帰属しているものと解すべきであり、したがつて、被告人安喰がいわゆる差金決済のため売りに出された本件株式を有価証券市場において自ら買付けることは、まさに権利の移転を目的としない仮装売買である」と主張する。

しかし、この主張は、問屋に認められた商法五五六条・五二四条の売却権や準則による任意売却権に触れていないものであるうえ、たとえ、買付後受渡し前の株式につき所有権の観念を容れる余地があるとしても、それは受託者と委託者の債権者との関係で問題とされるべきであつて、これと場面を異にする本件においては、前示のように、売付の権能を有する丸金証券に実質的な権利が帰属していたとみざるを得ず、検察官の主張は採用することができない。

なお、なれ合い売買の成否については、丸金証券の側において通謀に至るまでの認識を有していたものか、前示江崎博正の供述調書のみをもつては明らかでなく、他の関係証拠を合わせても、確証があるとまではいえない。そうすると、丸金証券の売付に対当した被告人安喰の買付は、現実の売買取引といわざるを得ず、この売買取引をもつて仮装ということはできない。また、もとより、丸金証券の右売付が被告人安喰による相場を変動させるべき一連の売買取引を構成するともいえない。

しかし、丸金証券の右売付に対当する被告人安喰の買付については、現実の取引とはいえ、前示証拠からも明らかなように、被告人安喰がそれまでの仮装売買やなれ合い売買の反復により不当に高騰させた株価を維持するため、丸金証券の売付に対し、あえて買い注文を出して対当させ、成約に至つたものであるから、判示の相場を変動させるべき一連の売買取引から除外すべき理由はなく、証券取引法一二五条二項一号所定の一連の売買取引の一部を構成すると解するのが相当である。

弁護人の主張は以上の限度で理由がある。

以上の次第で、昭和五五年一二月二三日付起訴状記載の公訴事実中、一の別表一番号50及び51のうち、渡部進名義による売付に関し、前示排斥の部分は、被告人安喰だけではなく、被告人小泉の関係でも、犯罪の証明がないことに帰するが、右は別表一番号50及び51のその余の事実とともに、一罪の一部として起訴されたものと認められるから、特に主文において無罪の言渡をしない。

三なれ合い売買の成否等に関するその他の問題について

(一)  通謀の有無について

被告人安喰の弁護人は、同被告人は山口との間で売買価格を予め通謀したことはない旨、また、同一取引日であつても、前場と後場とでは時期が異なるので、六月一八日の売買取引については売り注文と買い注文とが同時期になされたものではないなどと主張して、なれ合い売買の成立を争つているので、この点について判断する。

ところで、証券取引法一二五条一項二、三号に規定する罪は、講学上なれ合い売買といわれているが、その罪が成立するためには、自己のなす売付(又は買付)と同時期に、それと同価格において、他人が有価証券を買付(又は売付)けることを、予めその者と通謀のうえ、当該売付(又は買付)の注文を出して、双方の注文が出合い、成約に至ることが必要であつて、このことは法文に照らして明らかである。しかし、通謀を含め犯行の態様・類型については何ら限定されていないのであるから、通謀は部分的にしろ黙示であつても差し支えない。また、注文を出す方法についても、改めて証券会社に売り又は買いの注文を出す場合にだけではなく、すでに市場に付け出されている注文を取り消すことなく維持する場合を含むと解するのが相当である。したがつて、すでに市場に付け出されている注文について、通謀のうえ対当する注文を出させて付け合わせ、成約に持ち込むことも、双方の注文が同時期に市場に付け出され、対当・成約したものとして、なれ合い売買の罪が成立するといえる。また、右の「同時期」、「同価格」は通謀の内容としても要求されるが、まず、「同時期」については、それが「同時」よりも幅のある時間的概念であることもあつて、双方の注文が市場で対当して成約する可能性のある時間帯すなわち当該証券取引所の定めるところにより、当該注文に基づく呼値の効力が継続している時間内に関するものであれば足りると解すべきである。もつとも、右の例のように、すでに市場に付け出されている注文について、対当注文を付け出すことの通謀がなされるような場合には、通謀の内容として主文の時期を特に問題とする余地は少ない。更に、「同価格」の点については、これも双方の注文が対当して成約する可能性のある範囲内のものであれば足りるから、双方の注文が同一価格の指値である場合のほか、双方又は一方が成行き価格である場合も、前示の要件を充足して「同価格」といえるものと解される。このようにして、たとえば、いずれも常時市場の注文・成約状況を把握できる立場にある者相互間では、明示的には、刻々の場の状況を見ながら対当注文を出して相手の注文を拾う程度の話合いや、出合うべき他の注文がない場合に、はじめて対当注文を出す、すなわち提燈がつかなかつた場合に対当注文を出す程度の話合いであつても、なれ合い売買の罪の成立に必要な通謀があつたものと解してよい。

そこで、以上のような見地に立つて本件の事実関係をみると、関係証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、山口と波賀は、同じ岡三国際部で机を並べている同僚であるところ、山口は、波賀から、同人が被告人安喰と日鍛工株の株価操作をしていることを聞き、自分も日鍛工株の取引に参加して売買一任を受けている海外在住の顧客等のために利益をあげようと考え、岡三インターナショナル・アジアの名義で提燈買いや利食い売りをしていたが、波賀に内緒で売りに出したことで場を崩すなどと同人より苦情を言われたことから、六月一八日からは、まとまつた日鍛工株の売りについては、必ず売り注文を出す前に波賀に連絡し、波賀において被告人安喰より、山口の売り注文については提燈がつかなければ買い注文を入れて対当させる旨了解を取り付けたうえで、売り注文を出しており、別表二番号1ないし4についても、その例外ではなかつた。更に、右の1ないし4を個々の取引日毎にみると、次のとおりである。

(1) 六月一八日  山口から九千株の売り注文が午前一〇時五二分に六八三〜六八五円の指値で場に出されたものの提燈がつかず、場に残つているとの波賀の連絡で、午後二時九分、同二時一八分に被告人安喰が波賀に指示して岡三証券を通し成行き価格で買い注文を出して、うち七千株につき成約に至つた。

(2) 六月二三日  山口が波賀を介して一万三千株を売りたい旨伝えると、被告人安喰は「七二五円で六千株、七三〇円で七千株出してもらいたい」旨指示した。これを受けて山口が指示どおりの注文を午前九時一三分に場に出したが、すぐには買いがつかなかつた。そこで、被告人安喰は、波賀に指示して岡三証券を通し午前九時三二分に成行き価格で買い注文を出して、七千株につき成約に至つた。

(3) 六月二五日  山口が波賀を介して一万三千株を売りたい旨伝えると、被告人安喰は「適当に値を刻んで出してくれ」と指示した。これを受けて山口が午前九時三〇分に七七一〜七七八円の指値で合計一万三千株の売り注文を場に出したところ、被告人安喰は、波賀に指示して岡三証券を通し午前一〇時二七分に成行き価格で買い注文を出して、九千株につき成約に至つた。

(4) 六月二六日  山口が波賀を介して一万五千株を売りたい旨伝えると、被告人安喰は「バラして出しておいてくれ」と了解を与えた。これを受けて山口が午前八時三〇分に八〇二〜八〇五円の指値で合計一万五千株の売り注文を場に出したが、すぐには買いがつかなかつた。そこで、波賀の指摘もあつて、被告人安喰は、波賀に指示して岡三証券を通し午前九時三四分と四六分の二回に分けて成行き価格で買い注文を出して、一万株につき成約に至つた。

以上の事実を認めることができる。これによれば、価格について具体的に明示の通謀のないものや、提燈がつかなければという条件付きとみられるものも見受けられる。しかし、関係証拠によれば、波賀及び山口は、岡三証券の場電や社内にあるクイックを通すなどして、また、被告人安喰は、高木証券東京支店の志田二郎に依頼し同社の場電や、また東京証券金融の本店事務所にあるクイックを通すなどして、日鍛工株の注文や成約に関する刻々の状況を把握したうえで本件取引に臨んでおり、かつ、いずれも、大阪証券取引所における株価形成の仕組みを熟知していたことが認められ、しかも、相手方がこうした立場にあつて注文を出しているものであることも、相互に了解し合つていたことは推測するに難くない。更に関係証拠によつて認められる当時の日鍛工株の注文・成約状況に照らすと、波賀はもとより、被告人安喰においても波賀の連絡もあつて、売り注文のなかから岡三国際部の山口の分を識別し、これに対当する買い注文を出すことは必ずしも困難ではなかつたのであつて、こうした事情を山口が了解していたことも明らかである。なお、大阪証券取引所の定める呼値に関する規則(清原壮一の検察官に対する供述調書添付書類)は、呼値の効力について、板呼値は、当日の売買立会終了時に効力を失うものとする(一一条一項本文)との原則を定めている。関係証拠によれば、本件で問題となる各注文も、この原則で処理されていたことが認められ、本件の注文に基づく呼値の効力は、同一取引日の前場又は後場にのみ制限されていたものではない。

以上のような諸事情の認められる本件においては、被告人安喰及び山口の前示の所為は、なれ合い売買の罪の成立に必要な通謀について何ら欠けるところはないといわなければならない。弁護人の主張は理由がない。

(二)  なれ合いによる売買取引成立の不確定性について

被告人安喰の弁護人は、「別表二番号1ないし5のなれ合い売買につき、仮に通謀が認められるとしても、通謀に基づき山口が出した売り注文のうち、各取引を通じて一〇ないし五〇パーセントが第三者により買い付けられてインターセプトされ、必ずしも所望の予定株数全部が成約されていない。このようにして、双方の注文が市場で出合つて成約するかどうかは、当該市場に第三者からの注文が入つている限り、価格優先、時間優先の市場における取引成約の仕組に従わざるを得ず、その成約は極めて不確定である。本件当事者間の売買取引も意図した株数の一部につき、たまたま成約したとしか考えられない。このような不確定要素を克服して売買取引を成約させる取引方法としては、かつて許容されていたところの時間の前後問わず同一価格、同一株数の売買を成約させる「バイカイ」か、若しくは「意識的に振るクロス商内」の二つが考えられるが、本件はそのいずれでもない。本件の各なれ合い売買は証券取引法一二五条一項二、三号に該当するかどうかは極めて疑問である」と主張する。

しかし、なれ合い売買の罪は、証券取引法一二五条一項二、三号各所定の目的をもつて所定の通謀に基づき売買取引を成約させれば成立するものであつて、成約の蓋然性や確実性などは、法が犯罪成立の要件として予定するところのものでなく、せいぜい右所定の目的認定の一資料となり得るに過ぎないと解するのが相当である。仮に、成約の蓋然性や確実性がなかつたとしても、成約したときにのみ右二、三号の罪は成立するのであるから、右のように解したからといつて、処罰の範囲をあいまいにしたり、不当に拡大することにはつながらない。弁護人の主張は採用することができない。

(三)  相場変動に対する影響力について

被告人安喰の弁護人は、本件なれ合い売買とされる取引の取引高と当該取引日における総取引高とを比較すると、前者の後者に対する割合は五〇パーセント弱のものを除いては、二パーセント弱ないし一〇パーセント弱といずれも僅少であつて、相場に与える影響は極めて微弱であり、相場操縦とはいえないと主張する。

ところで、証券取引法一二五条一項所定の各罪の成立については、相場に変動を及ぼす影響力の存在は要件でないと解されるので、弁護人の右主張は、本件でなれ合い売買とされる各取引は「相場を変動させるべきものとはいえないから、同条二項の罪も認められない」という趣旨と解される。

しかし、証券取引法一二五条二項一号所定の罪のうち、後段のいわゆる変動操作の罪は一連の売買取引が全体として一罪を構成すると考えられるから、その成立要件の一つである相場変動への影響性の有無も全体的に観察して判定すべきであり、一連の売買取引を構成する各個別の取引ごとに論ずべきものでないと解するのが相当である。そして、関係証拠によれば、本件のなれ合い売買とされる各取引は、判示の仮装売買とされる多数の取引を含む一連の相場操縦の一環としてなされたものであつて、こうした一連の売買取引が日鍛工株の株価形成に及ぼした影響は極めて顕著であつたことは明白である。また、なれ合い売買とされる各取引自体においても、各取引日における他の仮装売買取引と相俟つて相場の変動に少なからぬ影響を及ぼしていたことは明らかである。本件のなれ合い売買の取引を含め、判示一連の売買取引について、それが相場を変動させるべきものであることは優に肯認することができる。弁護人の主張は理由がない。

四被告人小泉の関与について

(一)  被告人小泉の共同正犯性

被告人小泉の弁護人は、同被告人が本件起訴にかかる仮装売買等の取引に関与したことは概ね認められるとしながらも、「同被告人は証券外務員として被告人安喰の注文を忠実に執行しただけであつて、昭和五五年五月末までは被告人安喰の意図はもとより、同被告人の他の証券会社における日鍛工株の具体的取引内容についても知らなかつた。六月に入つて被告人安喰が仮装売買を行なつていることを知るようになつてからも、同被告人の資金内容については知らず、株価操作の実行方法について相談を持ち掛けられたこともなかつた。証券金融業者の利用については、証券取引法一二五条一、二項所定の各目的をもつてなしたものではなく、被告人安喰の言葉を信用したために自らの紹介にかかる地場証券会社や外務員に損害を負わせるという結果に終わつている。そもそも、正犯と従犯の区別は、実行行為を自己の決定によつてするか、又は他人の決意を通してするかにある。以上の諸事情からすると、被告人小泉の立場は共同正犯ではなく、従犯にすぎない」と主張し、被告人安喰の弁護人もこれに同調する。

しかし、被告人両名の前顕検察官に対する各供述調書を含む関係証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人小泉は、判示のような経緯から被告人安喰の委託した注文については、勤務先の黒川木徳証券で手合い止めの処分を受けていたので、自社で執行することができなかつた。また、証券外務員が勤務先証券会社に無断で他の証券会社に有価証券の買付又は売付を委託することも、いわゆる地場出しとして禁止されていた。それなのに、日鍛工株について、被告人小泉は、被告人安喰より二月下旬ころから買付を委託され、知合いの他社証券外務員に依頼して、その注文を地場出しにより執行していた。また、三月下旬ころから仮装売買の注文を受けるようになつたが、以後その情を知り、かつ被告人安喰の意図を察知しながら、あえて注文を受けて執行していた。六月二日以降において、一部の例外を除き売付の大半に関与したほか、買付への関与も次第に深め、前示のように岡三証券が買い注文の受託を断つてからは、買い注文をも一手に引き受ける有様であつた。特に、被告人安喰には潤沢な資金がなかつたので、売付につき証券金融業者を利用することは本件の仮装売買ひいては変動操作による相場操縦について不可欠の手段であつたが、被告人安喰に知己も信用もなく、証券金融業者の手配は兜町界隈で長年の信用がある被告人小泉において分担するのほかはなかつた。また、場合によつては注文価格の決定も一任されることがあつた。以上の事実が認められる。こうした認定事実によれば、被告人小泉は、本件仮装売買取引ないし変動操作の重要部分を自ら担当していたものといえる。また、被告人安喰とは判示のような関係にあり、現に、関係証拠によれば、名目はともかく、二月以降八月一九日までの間に数回にわたつて合計一八七〇万円を受取つていることが認められるのであつて、自らの利益実現の意図もあつて本件犯行に及んだものであることは明らかである。以上のような事情に照らしてみると、本件における被告人小泉の関与は、証券外務員の職責の範囲をはるかに越えるものであつて、顧客である被告人安喰の委託を職務上忠実に執行しただけであるとは到底いえない。

被告人小泉は、仮装売買取引のうち被告人安喰が岡三証券などにした買い注文などの一部については関与していないと弁解する。しかし、関係証拠によれば、被告人小泉は、こうした注文が被告人安喰により仮装売買ないし変動操作の一環として出されていることを知りながら、これに対当する売り注文などの執行に関与していたことが認められる。そうすると、このような取引についても、被告人小泉は、被告人安喰と共謀のうえ実行行為の一部を分担していたことは明らかであり、被告人小泉が弁解する部分についても、共同正犯の成立は優に是認できる。

以上を総合すると、被告人小泉は、仮装売買のほぼ全体について実行行為を分担したものであり、しかも単に被告人安喰の目的を知つていただけではなく、自らも構成要件要素目的をもつて積極的に犯行に関与していたものと認めざるを得ず、被告人小泉の共同正犯性は優に肯認することができる。

なお、被告人小泉は、検察官に対する供述調書のなかで、以上認定に添う供述をしているところ、同被告人は当公判廷でこうした自白の信用性を否定して縷々弁解する。しかし、こうした弁解供述は不自然な点もあつて到底納得のいくものではない。

(二)  波賀・豊田・荒畑・滝井らとの共謀について

検察官は、本件仮装売買につき、被告人らのほかに、共同正犯者として、波賀康記、滝井文明、荒畑博及び豊田省三の四名がいると釈明する。これに対して、被告人小泉の弁護人は、同被告人が右の四名と共謀したことはないと、主張する。しかし、関係証拠によれば、右のうち、豊田・荒畑・滝井の三名はいずれも証券金融業者であつて、被告人小泉から即金立替を依頼され、被告人小泉らが構成要件要素目的をもつて仮装売買をしていることの情を知りながら、自己の利益にもなることから、あえてこれに応じ、取引先証券会社に対する売付委託更には即金立替に及び、被告人らの仮装売買ないし変動操作を実現させた事実が認められる。これによれば、右の三名がそれぞれ仮装売買取引のすべてに関与したものではないが、包括一罪の一部に正犯として関与したことは否定することができず、本件仮装売買ひいては変動操作の共同正犯に該当することは明らかである。また、関係証拠によれば、波賀は、なれ合い売買に関与したほかに、本件仮装売買についても被告人安喰から委託を受けて日鍛工株の買付にまわつていることが認められるのであつて、仮装売買ないし変動操作について、共同正犯の成立が認められることは多言を要しないところである。もつとも、被告人小泉は、波賀とほとんど面識のないことは事実であるが、五月二七日の判示現先取引の際に岡三証券が関与したことは知つており、一連の仮装売買のうち自らが関与しない買付について、氏名等が判らないまでも、自分と同様の立場にあつて被告人安喰に協力して犯行に加功する証券会社関係者のいることは、容易に推測し得たものと認められる。少なくとも、被告人安喰を介し、波賀との間に順次的共謀の認められることは疑いを容れる余地がない。弁護人の主張は理由がない。

(累犯前科)

被告人安喰は、昭和五二年三月九日東京地方裁判所で詐欺罪により懲役三年六月(未決勾留日数三六〇日算入)に処せられ、昭和五四年九月一四日右刑の執行を受け終わつたものであつて、右の事実は、検察事務官作成の前科調書によつて認められる。

(法令の適用)

〔被告人安喰〕

判示第一の所為のうち、一の仮装売買の点は包括して刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条一項一号に、二のなれ合い売買の点は、包括して刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条一項二号(別表二番号5)、三号(別表二番号1ないし4)に、また、一及び二の株式の相場を変動させるべき一連の売買取引(以下「変動操作」という。)の点は全体として刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条二項一号に、更に判示第二の所為は刑法六〇条、証券取引法二〇七条、一九七条一号の三、二八条一項(無免許営業の罪)にそれぞれ該当し、右の変動操作は一部において仮装売買と、また、一部においてなれ合い売買とそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い変動操作の罪の刑で処断することとし、変動操作の罪及び無免許営業の罪のいずれについても所定刑中懲役刑を選択し、これらは前示の前科との関係でいずれも再犯であるから同法五六条一項、五七条により、それぞれ再犯の加重をし、同じく以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い変動操作の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人安喰を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二八〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により証人山口勝彦に支給した分はその全部を、証人清原壮一及び同安井敏に支給した分はその二分の一をそれぞれ同被告人に負担させることとする。

〔被告人小泉〕

判示第一の一の所為のうち、仮装売買の点は包括して刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条一項一号に、変動操作の点は刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条二項一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い変動操作の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人小泉を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により証人清原壮一及び同安井敏に支給した分の二分の一を同被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

判示第一の犯行は、被告人らが共謀のうえ、仮装売買、なれ合い売買、変動操作の方法により大阪証券取引所第二部上場の日鍛工株について相場操縦を行なつたという、わが国裁判史上例をみないものであり、また、第二の犯行は被告人安喰が代表者をしている会社において大蔵大臣の免許を受けないで証券業を営んだというものである。このうち相場操縦については、被告人らは証券金融業者の利用なかんずく即金立替と称する金融手段を使つて資金を調達し、禁を犯して地場出しにより売り手口を分散し、関係証券会社の場立ちを通して板(注文控)の内容を把握するなど、株式取引、証券関係業務についての知識や兜町における人脈を駆使して犯行を実行しているのであつて極めて巧妙なものといえる。また、犯行の期間は三か月にも及び、その間の取引回数や売買株数も判示のように多大であつて、その結果、昭和五五年初めころは二百数十円程度で、その後被告人らの買い集めによつて同年五月末には五八二円にまでなつていた日鍛工株を、更に一七七〇円まで高騰させ、資金調達に窮して株価操作を断念するや、天井落しの大暴落を呼んだものである。このようにして、自由かつ公正であるべき有価証券市場における価格形成を人為的取引によつて大きくゆがめたもので、一般投資家にとつて甚だ危険な行為であり、これが社会一般の有価証券市場に対する信頼を著しく傷付けたものといえる。更には、相場操縦禁止の規定は右のように自由かつ公正な有価証券市場を維持確保し、ひいては一般投資家の保護を本来の目的とするものではあるが、こうした禁止違反の犯行が詐欺的要素を帯びていたこともあつて、結果的にしろ、本件が受託証券会社や利用証券金融業者に与えた損害も大きく、本件相場操縦の犯情を考えるに当つては、無視できないものである。

このなかにあつて、被告人安喰は、本件相場操縦の犯行を主謀主導したものであり、また、これと密接に関連して判示第二の犯行に及び、その結果として顧客に対し多額の資産の回収を不能ならしめたもので、まさに法が無免許営業を禁止する実質的理由であるところの取引の危険を現実化させているのであつて、その各犯情は悪質である。また被告人安喰は、株式売買に絡んだ詐欺事件で実刑に処せられているなど、これまでに前科が五犯あるにもかかわらず、出所後まもなく本件各犯行に及んだものであつて、以上の諸事情にかんがみると、その刑責は重い。

また、被告人小泉は、証券外務員として関係法令や規則・心得等を遵守し、もつて証券業界の健全化に努めるべき立場にあつたにもかかわらず、過去の行跡から兜町で信用のない被告人安喰のために、あえて禁を犯して、いわゆる地場出しを行ない兜町における人脈を利用するなどして、本件相場操縦の犯行を実現可能ならしめたもので、被告人小泉の関与なくして本件犯行は実現しなかつたとも考えられる。また、被告人安喰からの債権回収の性格は否定できないものの、犯行期間中にかなりの金員を受領しており、こうした点にかんがみると、その刑責は軽視することができない。

しかし、他方、相場操縦の犯行は、もともと投機的要因の強い株式市場において行なわれた事案であるうえ、犯行の対象とされた日鍛工株は大阪証券取引所の二部上場株であつて比較的商いも少なく、一般投資家に及ぼす危険性や影響にも、おのずと限度があるとみられ、被害も広般に及んだとまではいえない。本件に関与した証券会社特に岡三証券や証券金融業者のなかには、時期的な限界があるにしても、被告人安喰の意図を察知しながら、犯行に乗じて利を得ようと考え、犯行を助け煽つたふしのあることも否定し去ることができない。ちなみに、本件各犯行を容易にした仮名取引については、すでに、昭和四八年に、衆議院大蔵委員会における排除に一層努力すべき旨の附帯決議を受けて、これを自粛すべき旨の大蔵省証券局長通達がなされているのである。更に本件において、適切な規制措置が講じられていたかは疑わしく、証券取引所の管理ひいては証券行政の対応に問題がなかつたとはいえない。本件の被害をあげて被告人両名のみの責めに帰せしむことには躇躊を感じざるを得ない。そのほか、被告人小泉は、自己の損失を埋めたいがためもあつて、被告人安喰との関係を絶ち切れず、同被告人に協力して犯行に及んだという側面もあり、同情の余地もないではなく、本件により証券外務員の資格を失ない、長女の縁談が破談になるなど家族を含め相応の社会的制裁を受けていて、長年証券業界に身を置き、これまで前科・前歴もない。その他、被告人らの反省の態度、共犯者の処分との均衡(とくに被告人小泉については波賀との均衡)など被告人らに有利な事情も認められ、本件に顕われたすべての事情を総合考慮して主文のとおり量刑する。

よつて、主文のとおり判決する。

(小瀬保郎 久保眞人 川口政明)

別表一〈一部省略〉

別表二

番号

1

2

3

4

5

取引年月日

(昭和五五年)

六月一八日

六月二三日

六月二五日

六月二六日

七月二日

売付委託状況

売付名義人

岡三インター

ナショナルアジア

右同

右同

右同

伸幸商事(株)

委託先

証券会社

岡三証券(株)

右同

右同

右同

茜証券(株)

再委託先

証券会社

広田証券(株)

株数

(単位千株)

一三

一三

一五

一〇〇

買付委託状況

買付名義人

安喰諒

右同

右同

右同

岡三インター

ナショナルアジア

委託先

証券会社

岡三証券(株)

右同

右同

右同

右同

株数

(単位千株)

一五

二〇

二〇

一三

九〇

なれ合い売買

成立内容

株数

(単位千株)

一〇

九〇

単価(円)

六八三~

六八五

七二五~

七三〇

七七一~

七七八

八〇三~

八〇五

九六五

別表三〈省略〉

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